Moments of Hula O Na Keiki vol.1 | 愛しいカンケイ
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Moments of Hula O Na Keiki vol.1

【2009.11.23 Monday 14:18

産む喜びや苦しみに似ているかもしれない。

コンペティションの終わりにそんなことを思いました。


コンペティションのあとに残ったマイレのレイとヒナヒナ

赤ちゃんが十ヶ月十日、お腹のなかにいるように、
コンペティションの準備も一年から半年かけて行われます。
毎晩のステージや、公演で踊ることとは、
やはり随分と違うものなのです。

フラのコンペティションの準備といったら、
踊りの練習のみと思われる方も多いと思いますが、
踊りの練習は、全体の準備のなかでは三割程度。
残りの七割のほうが大変なときもあるくらいです。

それを半年以上かけて行うのですから、
いつも赤ちゃんをお腹で育てているのと
同じような気持ちになるのも不思議ではありません。

今回、このブログを通じて、
フラ・ハーラウ『ナー・プア・リコ・ヴァイ・ホオラ』を
応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。
皆様にご報告と御礼をかねまして、
数回に分けまして、特別レポートです!

**********

11月6日 金曜日



ナー・プア・リコ・ヴァイ・ホオラのクム・フラ、
私のハーナイ・ママでもあるジュンコ・ママ
寺山晴乃ちゃんがマウイ島に到着しました。

この日まで、ジュンコ・ママのもと、晴乃ちゃんは
家族に見守られながら、毎日厳しい練習を続けてきたのです。
家族とは、お父さんとお母さんだけではありません。
ナー・プア・リコ・ヴァイ・ホオラという一つの家族が
彼女の出場を支えているのです。

クム・フラのジュンコ・ママを中心に、コンペティション用の練習、
渡航費を含む必要な経費をファンドレイジング、
衣装制作に奔走などなど、それらはすべて、
ナー・プア・リコ・ヴァイ・ホオラという家族が行います。

そして、日本の妹、ナー・プア・リコ・ヴァイ・ホオラのため、
姉であるマウイ島のカノエアウ・ダンス・アカデミーは、
ジュンコ・ママをサポート。
日本とマウイを往復するだけではなく、
文明の機器は何でも使って、練習と準備をしてきました。

Family is there for you, no matter what
というのが口癖のアンティ・ケアラを失くして以来はじめての、
マウイ島でのコンペティションの幕開けというわけです。

11歳の晴乃ちゃん、到着早々、床でお昼寝。

「晴乃とプールに行きたいよ〜」
という娘のアイナの腕をしっかりつかんだ愛ママ、
「今回のアイナの役目は何?」と確認。

「……晴乃を助けてあげること」

「そのとおり」

やるべきことをおやり、というわけで、
娘は時差ぼけで床で大の字の晴乃ちゃんを起こすことなく、
ママに腕をつねられる前に、すごすごと引き上げていきました。

誰かのために我慢すること、
誰かのことを真剣に思いやることは大事です。

アイナは今回、晴乃ちゃんのサポート役を務めながら、
それを学ぶことでしょう。

通訳をしてあげることもできるでしょう、
場所を案内してあげることもできるでしょう、
一緒にご飯を食べてあげることもできるでしょう、
晴乃ちゃんが苦手な虫を追っぱらうこともできるでしょう。

コンペティション直前の厳しい練習のなかで、
大人は誰も、「晴乃ちゃん、よくがんばったわね」と言いません。
アイナをはじめとする彼女よりも年下の子どもたちが送る、
無邪気な応援が、何よりの励みになることでしょう。

愛ママは、その夜、ジュンコ・ママと二人の子どもたちのために、
腕をふるってディナーを作りました。



その手が、足が、瞳が、体のすべてが、
彼女の物語を描き出す力を持つことを願って!

**********

11月7日 土曜日

練習がはじまりました。

週末である土曜日、平日は仕事で忙しいミュージシャンたちが、
晴乃ちゃんの練習のためにやってきます。

ミュージックなしでは踊ることなどできませんから、
ダンサーにとって、彼らの存在は大切なもの、
いつも感謝と尊敬の気持ちでいっぱいです。

ミュージシャンは、パパ・ポキ、レア、カノエ、キモの四人。

パパ・ポキは68歳、普段はマウイ島のナンバーワンラジオ局、
KPOAのディスク・ジョッキー、そして今も現役のミュージシャン。
パパ・ポキの娘も孫もアンティ・ケアラのダンサーで、
ハーナイされていましたから、私たちは敬意をこめて、
「パパ・ポキ(ポキおじいちゃん)」と呼びます。

アンティの遺志を引き継いでクム・フラとなったカウイの、
お兄さんがレア、従姉妹がカノエ、夫がキモ。


レア、カノエ、キモ、全員ダンサーでもあるんですよ〜

誇るべきは、彼らが全員、私たちのファミリーであること。
ミュージシャンがハーラウにいることは、
生きた音楽がいつでも存在するということ、
ハーラウの鼓動でもあります。

ウクレレのみであろうとも、フル・バンドであろうとも、
生演奏で踊ることは、私にとって至福の時間。
、生きた音楽との一体感は、
デジタルな音楽を一瞬にして無価値なものに変えます。

ですが、生演奏で踊ることは、慣れが必要。
ミュージシャンと息を合わせることを覚えることが大切なのです。

「どんな気持ちかな?」

パパ・ポキが踊り終わった晴乃ちゃんに聞きました。

「う〜ん、……う〜ん、…………う〜ん」

晴乃ちゃんは自分の気持ちを言葉にするのが大変な様子で、
じっくりと考え込んでいます。

よいことです。

生の音楽が、練習で使うレコーディングされたものと
違うことを気がついたという証拠です。

パパ・ポキは、「気持ちがよくなるまで練習しようね」と
何度も、何度も、何度も、演奏してくれました。

「音楽は感じるものだよ。フラも感じるもの。
頭や体で教わった通りに動くんじゃないんだよ」

晴乃ちゃんより少し年上の孫のいるパパ・ポキは、
根気よく、やさしく、問いかけていきます。

コンペティションには、選曲のルールがあります。
晴乃ちゃんの参加するHula O Na Keikiの、
今年度のアウアナ(現在的なフラ)の選曲ルールは、
ハワイの作曲家によってかかれた英語の歌詞の曲であること、
1939年から1959年の間に発表されたものであることでした。

1900年代の初め、ハワイでは外国からの影響を受けて作られる
ハパ・ハオレ・ミュージックが一世を風靡。
ハパ(半分)、ハオレ(外国人)、つまりハワイアン・ソングと
外国からの新しい音楽が合わさったものが大流行したのです。

ハパ・ハオレ・ソングの定番といえば、
「ブルー・ハワイ」「ラブリー・フラ・ハンズ」など、
みなさんも聞いたことがあるかもしれません。
ノスタルジックなムードのハワイアン・ソングは、
今のハワイアン・ミュージックとはまた違った趣の、
時代を感じさせてくれる音楽。

ジュンコ・ママは今回の晴乃ちゃんの曲に、
レナ・マチャドの作った「Mom」を選びました。

第二次世界大戦に出征した若い兵士が、
お母さんに宛てて書いた手紙を元に書かれた曲。

この曲を通じて、みんながお母さんに、
「I love you」を伝えることができるように。

晴乃ちゃんの踊りに、この数日で
最後の磨きがかかることでしょう。
ピカピカの笑顔をMomに送るために。


晴乃ちゃんの練習の間、子どもたちの面倒をみるのもアイナの仕事

author : jingujiai
| HULA to live | comments(4) |

この記事に関するコメント
愛さん、こんにちは!

読み終わったとき、心がポワンと暖かくなっていました。

子供が一人の大人へと成長していくのを、見守る大人たち。
答えを焦らせることなく、感じているのをわからせていく・・。
なんだか、晴乃ちゃんに自分たちの小さかった頃を重ね合わせているみたい。
そして子供たちも、役目をもってサポート!!!
楽しそう・・!

晴乃ちゃん、今は精一杯でわからないかもしれないけれど、振り返ったらとても幸せな気持ちになるのでしょうね。
子供を一人の人間として、尊重していられるのが素晴らしいです。
私にはまだ子供がいません。
でもいずれ生まれたら、こんな体験をして欲しいです。

私ごとですが、ちょっとだけ役者の卵として活動していました。
ある養成所で、卒業公演として4か月間朝から晩までつかって舞台を一本やり遂げました。
それに、似ているのかなぁ、と思います。
私にとって、ともに戦った仲間はなにものにも代えがたい大切な存在になりました。
家族のような、いい仲間です。

それを子供の時から感じられるって、素晴らしいですね。
自信になるでしょう。
素敵です。
| チカ | 2009/11/24 7:09 PM |
こんにちは!

更新がなかなかできず、いまになってレポートになってしまい、
お恥ずかしいです。私はどうも、力を調整するのが苦手で、
つい火事場の馬鹿力をいちいち出し切ってしまって……。

一つの舞台をやりとげるって、やっぱりものすごい力ですよね。
何ヶ月もかけてその舞台を目指すのは、
並大抵のことじゃないです。イイコトばかりでは決してないし。
でも、やめることはできないし。そんなとき、家族や仲間が
どんなにか助けになるんですよね。

ダンサーという舞台の仕事と、ライターという仕事が一番違うのは、
舞台は一度きりということです。
原稿を書き終えてから、数回確認ができる可能性のある、
本や雑誌の仕事と違い、舞台は自分が踊るその一瞬を
決してあとから直せないんですよね。
だからエネルギーの集中の頂点を調整できるように
なっていかないといけないということがありますよね。
チカさんも覚えがあるのではないですか?

チカさんのところにいつかやってくるお子さんは
きっととっても幸せですね!

それではまた〜!
| 愛→チカさん | 2009/11/25 7:15 AM |
息をするのも忘れているのかと思うくらいに、一気に読ませていただきました。そしてその後に、心の中から湧き水のように湧いてくる暖かい気持ち。

なによりこの言葉→Family is there for you, no matter what

この言葉に、今回愛さんが書かれたいろんな思いが凝縮されているんだな、と思いました。
| 橋屋 渡月 | 2009/11/25 8:03 PM |
コメント、ありがとうございます〜。
とってもうれしいです。

本当は実況中継のようにブログを書こうと思っていたのですが、
毎晩、ほとんど気絶していまして。。。。。
恥ずかしながら、いま、一気に書かせていただいています。

橋屋さんが気に留めてくださったように、
言葉を受け継いでいけること、これがうれしいです。
ファミリーとは、縁があって家族になったすべての人です。
私はアンティ・ケアラとジュンコ・ママというハーナイ・ママを
もったことをとてもラッキーだと思っています。
そして、私の母たちがそれを尊重してくれていることも。

子どもに私が親として一番教えておきたいことは、
親以外に心から信頼できる人間がいること、
そういう人の存在を大切にしなくてはいけないことです。
親のできることなんて、限られていますから。
特に、私とか!

レポート、また続きますので楽しんでくださーい!
| 愛→橋屋さん | 2009/11/26 3:11 AM |
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神宮寺 愛
writer & coordinator
(J.U.One Corporation)
'ōlapa(Pā'ū O Hi'iaka)
@ Maui, Hawaii